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第3節 二重経済発展モデル

 二重経済発展モデルとはW.A. ルイス卿、G.ラニスとJ.C.H.フェイ、D.W.ジョルゲゾン等によって唱えられ、それぞれ若干の違いはあるが、基本的に経済は在来農業部門近代的工業部門があり、それら2部門の中で近代的工業部門のウェイトが大きくなる過程を経済発展であると考える。本章では図2-2 ラニス=フェイの二重経済発展モデルを使用する。

図2-2 ラニス=フェイの二重経済発展モデル

図2-2 ラニス=フェイの二重経済発展モデル
出所:福岡正夫(1997)『ゼミナール経済学入門』
   日本経済新聞社,537頁。[Rakuten]

 図2-2は上図の農業部門と下図の工業部門から成り立っており、それぞれの横軸0aAとOmMは当該経済の総労働人口を表している。また上図の曲線0aRZXと下図の曲線WQSはそれぞれの限界生産力曲線を表している。なお上図の曲線0aRZXが上に凸の形に描かれるのは収穫逓減法則を仮定してのことであり、その曲線のZX間が水平になっているのは限界生産力が0になると仮定しているからである。

 では図2-2を使って工業化のメカニズムを説明する。基本的には工業部門が創成され、農業部門の労働力がそれに供給され工業化が達成される。農業部門から工業部門への労働力の供給、又は工業部門が農業部門の余剰労働力を吸収する過程は3つの段階に分けることができる。この過程を3つに分ける上で重要な概念は制度的賃金無制限労働供給である。制度的賃金とは、市場機構の影響を受けず制度的慣行で決定される賃金である。無制限労働供給とは工業部門が創成されると農業部門の制度的賃金と同額の低賃金で余剰労働力が工業部門に供給される現象である。

 第1段階は上図の横軸LAから下図の横軸0mLへの労働力移動である。上図の曲線0aRZXのZX間は限界生産力が0であるからZX間の労働人口LAは農業生産に何ら貢献していないことになる。その労働人口LAは工業部門が創成されることによって制度的賃金と同額の低賃金で工業部門に雇用される。またこの段階の工業部門労働者への食糧供給は農業労働者の減少した分で供給することができることも表している。

 第2段階は上図の横軸NLから下図の横軸LNへの労働力移動である。上図の曲線のRZ間で限界生産力はプラスになる。そのためこの段階ではもはや工業部門への食糧供給を農村部門の労働者が減少した分だけで補うことはできなくなる。つまり工業部門の農産物への需要が農業部門の供給を超過するのである。短期的には農産物価格の騰貴を引き起こし、長期的にはこれまで停滞的で再生産的な農業を拡大再生産的な農業へと変化させるきっかけとなる。また騰貴した農産物価格は工業に限界生産力の上昇を促す圧力ともなる。しかし、この段階では農業の生産性は制度的賃金水準を下回るので農業は依然として制度的賃金水準にとどまる。

 第3段階は先程の第2段階を越えた労働力移動である。上図の曲線上のR点においては限界生産力制度的賃金は一致する。上図のR点に対応するN点を越えた労働力移動ではもはや制度的賃金ではなく限界生産力に見合った賃金が支払われるようになる。この段階になると農業部門自体が近代部門化されるに至る。そのため工業部門は無制限労働供給を受けることができず高い賃金を払わなければならない。そのことは工業部門に更に高い労働生産性を要求するのである。

 このようにラニス=フェイによる二重経済発展モデルは農業部門から工業部門への労働力移動メカニズムを明確にする。一般に二重経済発展モデルはラニス=フェイのモデルとほぼ同じであるが、W.A. ルイス卿のモデルはいささか異なる。W.A. ルイス卿は経済の発展過程を在来農業部門から近代的工業部門への移行過程ではなく、農村から都市への労働力移動であると捉えた。農村から都市への労働力移動は多くの国の経済発展過程で観察することができる。しかし、これには例外があり農村から都市へ労働力が移動したがスラムを形成してしまいその国は必ずしも順調な経済発展をしていないというケースもある。

 これを中国経済について当てはめてみると中国の特殊性が浮かび上がる。中国は労働力移動を制限した戸籍制度郷鎮企業があった。戸籍制度に関しては是非があるかも知れないが、この制度のために中国はスラムが形成されなっかったということができる。また、郷鎮企業に関しても面白いことがわかる。W.A. ルイス卿は農村から都市への労働力の移動はイコ−ル在来農業部門から近代的工業部門への労働力移動と考えていたと思われる。しかし、郷鎮企業は農村において近代的工業部門を興したものである。郷鎮企業に関しては次章で更に詳しく考察していこうと思う。


はじめに
第1章 中国経済の特徴
 第1節 比較体制論と経済開発論
 第2節 中国の経済史概略
 第3節 巨大な国土と人口
第2章 開発経済学のアプローチ
 第1節 工業化政策
 第2節 W.W.ロストウの離陸
 第3節 二重経済発展モデル
第3章 農村における近代的工業部門
 第1節 郷鎮企業の発展過程
 第2節 郷鎮企業の統計分析
おわりに
参考文献

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